相談内容
相談者:理事長、都内マンション、75戸、築30年、委託管理会社あり
長期修繕計画表の見直し時期になり、管理会社に依頼したところ第三回目の大規模修繕、昇降機更新、給排水管の更新を今後行う必要があり、現在の修繕積立金額では不足することは明らか。修繕積立金の引上げの検討をすべきですと提案がありました。改定した長期修繕計画表の収支グラフでは確かに不足することはわかりますが、各修繕工事項目の実施時期、修繕工事費用については国土交通省の指針に従い作成しているので問題ありませんと言われています。
理事には建築関係者はいなく、管理会社の言われるままに値上をすべきか迷っています。
値上をするにしても本当に管理会社の示す値の妥当性を確認した上で判断したい。是非アドバイスをお願いします。
回答
長期修繕積立金はマンションの住生活環境と資産価値を維持するために必要なお金であることは区分所有者の方は理解されていることと思います。
皆さんが管理会社や設計会社に作成や更新を依頼する長期修繕計画は、長期修繕積立金の算出根拠になるデータです。
例えば、躯体の外壁塗装は材料の耐久性等から12~15年に一度塗り替える必要がありますが、マンションの階数や構造によって塗り替える面積が異なります。
このように各部位や設備ごとに耐久年数と修繕面積に違いがあり、各マンションごとに故障や不具合が発生することことのないように定期的に交換や更新をする計画をまとめた表が長期修繕計画表です。
国土交通省の修繕部位は19項目を標準としています。
しかし、最近のマンションではオール電化が主流になり、ガス設備そのものがないマンションもあります。
その場合の長期修繕計画表のガス設備は項目はありますが、修繕工事の予定は空欄になります。
長期修繕計画表は30年以上が計画期間でその間に2回以上の大規模修繕工事(足場を組んで行う修繕)を含む計画であることが国土交通省から推奨されています。
さらに資材価格や人件費は物価の推移により変動します。そこで5~7年毎に見直すべきであるとされています。
長期修繕計画を作成する目的は、計画期間内に必要になる修繕工事を視覚化することと併せて修繕工事費の準備するための基礎データにすることです。
例えば、外壁塗装工事(修繕周期12~15年)に1000万円が必要となれば、これを12年間で組合員が負担することになり、50戸のマンションでは1000万円/(50戸×12年×12カ月)を修繕積立金として貯める必要があります。
各戸1388.9円/月(専有部分面積が同じ場合)になります。
30年の間には外壁塗装工事以外にも屋上防水、共用部分防水、鉄部塗装など様々な修繕工事が必要になり、それぞれの工事費用を算出した上で、総修繕工事費が算出されます。
修繕工事はマンション規模(例外壁面積、高さなど)、外壁塗装方法(吹付タイル、タイル張りなど)により各マンションで異なり、一般的には竣工図を元に算出されます。
このような考え方に基づいて作成されるのが長期修繕計画表です。
これをグラフにした長期修繕計画書、様式4-2は皆さんも見たことがあるはずです。(いずれも国土交通省、長期修繕計画ガイドラインより出典、一部画像加工)
長期修繕計画は2つのポイントに注目することが重要です。
1)計画全体で必要な修繕工事を賄うことができる資金計画
躯体や設備の耐久年数から修繕工事が必要になる時期を推測、修繕工事費を算出しています。
結果、長期修繕計画上で必要な修繕金の総額を求めることができます。
この総額を修繕積立金総額が超えていれば、修繕工事を行うだけの資金があると判断でき、計画最終年度の収支が黒字で推移していることを確認します。
修繕積立金総額ー修繕工事費>0
これにより計画期間の修繕工事を行うだけの適切な資金計画であるとわかります。
2)計画途中の資金不足
次に全体資金は確保できても修繕工事が密に行う必要がある時期では、年度単位で資金がショートする場合があります。これを事前に確認しておくことが重要になります。(グラフで赤枠部分)
これを回避する方法は、修繕積立金の値上、修繕工事の重なりの解消、一時金の徴収、借入金を前提とした計画があります。
いずれも組合として方向性を合意形成しておく必要があります。
長期修繕計画表の本来の目的
各組合が長期修繕計画を作成する目的は、躯体や設備を維持管理することでマンションの資産価値と住生活の確保をするための適正な修繕工事を円滑に行うことです。
長期修繕計画は30年以上の計画期間であり、その間に物価の変動等の不確定要素が多く、そのため5~7年程度で見直しを行うべきとされています。
近年の物価上昇率を考えると材料費、人件費とも2割程度の値上があり、適正な修繕工事を円滑に行うためには見直す必要があり、先ほど示した修繕積立金総額と修繕工事費総額の関係がプラスであること、計画期間中に資金不足の発生がある時期を出来る限り無くすこと踏まえて組合として対策をすることが必要になります。
言い換えると、長期修繕計画は修繕工事の実施時期、修繕工事費、修繕積立金の3者の関係を適切にするためのシミュレーターとして活用すべきです。
管理会社が作成する長期修繕計画
管理会社が作成する長期修繕計画の個々の修繕工事費の算出根拠はブラックボックスです。
先程示しましたが、各修繕工事は材料費、修繕面積、工事日数、人件費等から算出されます。
100㎡の外壁塗装であれば、足場台120円/㎡、材料費35円/㎡、工事日数10日、人件費5名/日などの数値から算出します。ところが管理会社は自社の数値を持ち、独自の計算方法で修繕工事費を算出し、そのエビデンスを公開することはありません。いわばブラックボックスの数値が提出されるわけです。
一般的に修繕工事費用をまとめた本から算出する費用より1~2割程度高めに算出されると言われ、管理会社によっても金額に差があると言われています。
多くの管理会社は修繕工事を請負うことを希望します。
特に親会社にデベロッパーがいる場合はその傾向が強いと言われます。
工事を受注した時により多くの工事費の契約にするためには、管理組合には潤沢な修繕積立金を貯めて欲しいと考えたとすれば、修繕積立金の算出根拠になる個々の修繕工事費は高めの設定にすることになります。
その上、計算根拠をブラックボックス(管理会社のノウハウ)にすることで組合からの指摘から逃れることも出来ると言えるでしょう。
ここ数年の物価は上昇、値上が必須?
皆さんも日常生活を通しここ最近の物価感が値上がりしていると感じていることでしょう。
長期修繕計画表も30年の計画になるため、資材や人件費の値上がりを計画に反映させるために5~7年で見直すことが国土交通省にガイドラインに示されています。
長期修繕計画はいつ、何を、修繕するかの計画でこれは物価で変わるものではなく、劣化速度で変わるものでありそのために5年程度で劣化診断を行う組合もありますが、ほとんどの組合は診断までは行わずに、建築設備点検等の法定点検の指摘事項で劣化進行度を確認しているようです。
物価変動により見直すのは、修繕積立金計画です。
物価が上がれば、工事費も当然値上がります。
結果として30年の総修繕費用も値上がり、作成当時は赤字にならない計画が赤字になる計画に代わってしまいます。
管理会社としては、修繕工事費の不足は避けたい事態です。
そこで、修繕積立金の値上の提案を行う訳です。
総務省の物価動向の資料より出典したグラフでは、ここ5年で総合物価指数は6%程度上昇していることがわかります。単純に100円/㎡の修繕積立金であれば、106円/㎡になります。
70㎡と仮定すると7,000円/月の修繕積立金が7,420円/月への値上が必要になります。
分譲マンションの区分所有者である限り物価上昇分の値上は仕方がないと考える必要はありそうです。
ただし、管理会社は違う考えをします。
「物価は今後も上昇する。そう度々修繕積立金の値上の提案を総会に承認を求めても認めてくれるとは思えない。」となればいっそ、一気に1.5倍、2倍に上げる提案をすべきではないか。
管理費、修繕積立金の値上はよく耳にしますが、値下げの提案をする管理組合はほとんど聞きません。
では、管理会社の値上げの提案を受け入れる以外に方法はないのか。
長期修繕計画をチェックしてみよう
組合の修繕積立金計画には駐車場料金等の専有使用料を繰入れた計画を立てている組合があります。
これは標準管理規約で認められていることで決して違法ではありません。
繰入れることで修繕積立金の月額を抑える効果があります。
もし、専用使用料等を管理費に貯めている場合は、修繕積立金に繰入れる計画を考えてみてはいかがでしょうか。
これと同様に、一定期間毎に管理費の余剰金を繰入れる計画があります。
マンション管理士からすれば「どうして?」と疑問に持ちます。毎年多額な余剰金が発生しているのは、管理費が高いためでは?そう考えてしまいます。
であれば、管理費と修繕積立金の割合を変えれば良いのではと思いますが、管理会社は「絶対だめ」と考えます。
その理由は、管理費の余剰部分は委託管理費の値上が可能であるバロメーターになるからです。
管理会社は委託費で収益を上げますが、その原資が減る可能性があることに決して積極的にはなりません。
そのため、余剰が出る管理費であっても決して値下げの提案はしません。
値下げに抵抗がない組合員も値上げには激しく反対します。
一度下げたら、値上げは難しいと考えているようです。
余剰金が毎年百万円単位になる組合は、管理費と修繕積立金の比率の見直し、あるいは修繕積立金への計画的繰入を検討してみてはいかがでしょうか。
これ以外の方法としては委託管理の契約内容の見直し、特に管理人の勤務時間や法定点検、修繕工事費を安価な会社に変更できないかを検討することなどが考えられます。
いずれの方法も管理会社が積極的にアドバイスをくれるとは思えません。
理事会が中心になった現在の契約内容等を見直すことが大事になります。
大規模修繕工事費用の抑止に積極的になる
管理組合は修繕工事に無知識であることがほとんどでしょう。
そのため、いざ工事となると管理会社の言いなりになり、言われた通りの見積額を受入れ、工事終了後に追加請求をされ、気づくと修繕積立金が底を尽き、修繕積立金の値上を求められる。
このような事態を招く最大の原因は組合員の無関心です。
是非、大規模修繕工事は管理会社の暴走を止めるために管理会社と関係しない設計士やマンション管理士を利用することです。コンサルは高いと反対される方も多いようですが、数千万円になる工事です。
厳しいチェックを行うことで容易に数百万円の減額できるケースもあり、数十万円のコンサル料を支払っても十分にペイできます。
検討することをお勧めします。
物価分は値上げを容認すべき
物価の上昇は仕方がありません。
修繕積立金は皆さんの住生活環境と資産価値を維持するために必要なお金です。
物価上昇分の修繕積立金の値上は受入れるべきでしょう。
ただし、管理会社が1.5倍などの物価上昇を超える値上を提案してきた時は大いに疑問視してください。
特に直近の大規模修繕工事後の修繕積立金計画の収支が黒字であれば、性急な値上提案には慎重な判断をすべきです。